吉田が身を引くことを判断する瞬間
「吉田商工会女性部の主張発表が今年度ではない」との驚くべき事態になり、事務局の担当女性は、もうオロオロするばかり、それもそのはず、昨年この話が来た後すぐか、昨年末にでもで、県連に順番の確認をとっていれば、このような事態にはならなかったのですから、私も初めて部長になっていきなりの発表の抜擢で、そのような順番での決まりになってるとは知らなかった。そう、だれも、確認することをしなかったのだ。
私は、事務局の彼女に、上司である事務局長に報告して、どのようにしたらいいか聞いて返事をくれと頼みました。そして、自分では、私に直接依頼した、西蒲原地区の理事である岩室の女性部長さんに電話してみました。
岩室の部長さんは、私の話にびっくりして、「今年は、西蒲原地区の発表年度で間違いないはず、昨年のはじめに、県女性連の村松の部長さんに頼まれたのよ。・・・高井さん、すぐに調べて電話するから待っていて・・・。」と、彼女も吉田が発表する順番だと信じていた。
私は、岩室さんとの電話のやりとりで、何とかなるかもしれないと思い少し気がらくになった。
しかし、それから、数分後、吉田の事務局の担当女性から電話があり、吉田のH事務局長の意見としては、「ここで、吉田が身を引くことが一番いいのではないか、吉田が順番を守らずに、今年無理に発表した場合、本当の発表である来年度はどうするのか、西蒲原地区の他の商工会にも迷惑がかかる。」との見解でした。やっぱり、そうなるか・・・、この瞬間、岩室さんの電話を待たずに、今年の発表をあきらめる、決意を固めました。
方向性を固めたからには、このまま、この事態を私ひとりの胸にしまっておくことはできません。明日からは、ゴールデンウィークの連休です。すぐに、女性部三役・幹事役員・発表者・前三役さんに、臨時召集の電話をかけて、今夜集まってもらう手配をしました。・・つづく



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