8月, 2007

テレビによる裁判思考

良いか、悪いか。
○か、×か。
白か、黒か。
あるいは、
1つの基準を決め、
そうであるものと、そうではないもの。
…というように、2つに分ける考え方は、
物事を理解する上で、重要かつ強力な考え方です。
物事を、2つに分類することにより、
ゴチャゴチャして、わかりにくかったことでも、
とても、すっきりした感じになります。
このすっきり感は、
分類したのが、2つだからこそ、得られるものです。
たとえば、
10とか、20に、分類することを、想像してみると、
すっきり感は、かなり失われるはずです。
あるいは、
分類すること自体、面倒になるかもしれません。
そういう訳で、
2つに分けるという考え方は、
物事を理解する上で、
わかりやすくて、とても魅力的です。
しかし、
世の中には、2つには割り切れないことが、
多々あります。
なので、
この考え方だけで、
人生を乗り切ろうとするには、無理があるのです。
もしかして、
あなたが、行き詰っているのは、
この考え方のとりこになっているせいでは、
ありませか?

という上の文から
平和と引き換えのストレス社会で、
私を含めものごとの見方を
裁判思考とデジタル化させてきたのは
テレビ報道の影響に思える。
天然カラーのテレビなのに
やたら白黒きめつけでの
内容を放送する。
白黒のテレビが良く映るには
完全な白黒だけではなく
いろいろなグレーが多い。
グレーがあるお陰で
世の中も白黒テレビも良く
写るんだよ。と、ある人が
グレーという見方の
重要性を例えていた。
テレビの評論家や
コメンテーターがグレーを
持ち出して話していたら確かに
つまらない番組だろう。どんなに
グレーを言いたくても言えない立場なのが
評論家やコメンテーターなのだ。
テレビの討論番組も、
お笑い番組と同等程度に
楽しんで見れればいいが、
まじめに見聞きすればするほど、
裁判思考になってしまい、、
なんにでも裁判官のように
白黒と判断しするようになる。
良し悪しと裁判されるのが怖くて
誰も近寄れなくなる、・・・
という結末が。
自分の中にいる
裁判官の意見から
見えなくなって行き詰らぬよう、
もっと良く世間という
画像を円滑かつ明確に
見るためより多種のグレーを
受け入れる工夫をしよう。
さて今日一日、頑張ろう。

忙しいことは

「忙しい」と言う字は
心を亡くすと書くと
外国人女性がNHKの
テレビの中で話していた。
人の暮らしも
自然界と同様
便利が不自然で
不便なのが自然。
便利を求め、お金を求め、
より忙しい生活から人々は
心を亡くしている。
・・・と。
日本語を外人がここまで
解釈するとはすごいと思った。
そして私自身、
忙しさを良しと思い
心を亡くして
便利とお金を追いる
のが分かった。
忙しくても心を見失わぬよう
今日も頑張ろう。

自身欠如と自信過剰

スポーツもだめだし、勉強もダメと
何をやっても中途半端で、
何のとりえもないという息子。今でも
自身欠如で苦しんでいるのがうかがえる。
自信欠如は、本人が苦しみますが、
自信過剰は、周りが振り回されて困ります。
そういう訳で、
自信というのは、
あれば、あるほど良いというものでもありません。
自信は、
自分ができることについて、
自分ができる程度の分、
持てれば、それで良いのです。

・・・という文を読んでいたら、
いつか子供が
自分でできることに
めぐり合い、とりえに気が付き
自信を持つまで応援しようと思った。
どんな人だって、
何もとりえもない人はいない。
自分だけが知らないだけ。
とりえとは自信と関係が強いが
むしろとりえが少ないほど
そのとりえを大事にするだろうし、
とりえが多いほど当たり前かのように
とりえを粗末してしまうものだと思う。
今でも少ないとりえを
粗末にしているような
気がする私から若者へ一言。
自信欠如で苦しむ君達のとりえは
必ず一つあるはずです。
小さなことでも
できることを見つけ
今日も一日、頑張ろう。

許しまくる

要求要望にこたえようと
頑張ってみたものの、
事がうまく運ばない時、
アレさえなければ、
コレさえあればなど、
ないものねだりを思い浮かべ、
最終的な責任にたどり着き、
どっぷりと落ち込んでしまう。
テレビ報道のように
失敗は絶対許されないという
鎖で縛っていたら
人の関わりはなくなり、
そこから良いことなど
何ひとつ生まれない。
次は必ず上手くいく、
一歩一歩進むしかない。
やることやって
上手くいかないのも
仕方がないと世間を許し、
自分を許しまくる。
さあ今日も一日、頑張ろう。

職業階級

江戸時代などは
士農工商という
身分の順番があった。
4つの身分からは
私は商人に当てはまる。
自分が一番階級の下だったのを
江戸時代から今も変わらないのを
感じる。
一番偉いのが士。
二番目の農業。
農業と深い関係の土の字から、
士と土の文字が似ている。
頭でっかちの士と
下の土台が大きい土。
人間の社会は江戸時代から
進化しているようで
進化してないものだ。
昔の人はすごく頭がよくて
文字が上手く表現している。
・・・かな?
よし、今日も頑張るぞ。

納涼会

同友会燕支部の納涼会。
支部長は幹事。
去年と同じところで
同じ会費で行った。
74500円のあしがでる。
想定外の負担が大きかった。
この原因は、
今回もまたみんなの
要望を受け入れた
すべては私の甘さだ。
会の流れを大事に
するのはいいが、
会費が底をついてきた。
まあ仕方ない、
今後は気をつけよう。
納涼会で皆で楽しめた事と
想定外に感謝。
支部長するのも
あともう少しだ。

普通はつらいよ

本屋さんに面白い本を
探しに行く。
斉藤一人の「普通はつらいよ」
という本ともう一冊を
つい買ってしまう。
サブタイトルの
「面白く楽しく涼やかに生きるコツ」
そのままで
私にはすごく刺激的な
内容で面白く思えた。
もう一冊の本の中の
「親育て」という表現に
すごく共感した。
昔から子育てとか親育とかが
正しい教育として見直され
続けている教育論。
「親育」と「親育て」は
言葉は似ているが
中身は全く違っている。
親が教えるのは、
親が子供より優れている
から教えるというような
上下での教育のとらえ方が
今までの子供を育てるのが先の
ふつうの教育での「親育」
どれが正解どれが不正解と
それで子供を心配したあげく、
ギスギスとした親子関係ができる?
その逆に「親育て」というと
親子関係での教育されているは
生物的な進化や伝達を踏まえて
実は親のほう。だから
子供から親として育ててもらって
いるのだから親はどうするのという
おもしろく楽しいすずやかな
親子関係になれる?というのだ。
親は子供から教わっている。
大人は若い者から教わる。
世のふつうと同じように、
子供に親の正解を教えるのでは
親にも子にも無理も不安も生じ
つらくなる。
子供は生まれながら
正解は持っている
ただそれを信じてあげる。
誰より子供を信じてあげる
それが親の使命。
私もふつうの親だったから
ふつうでつらいわけだ。
意味深く何度も読み返したくなる
本に出合えて
「おもしろくたのしくすずやかに」
なれました。感謝。

タテヨコの喜び

お盆休み
車の運転をしながら
きみまろと斉藤一人の
CDを聞いて
タテとヨコでの
人の喜び感じた。
年下や目下の人を
褒めて喜ばせるタテ関係と
年上年下関係なく
人のありのままを表現して
喜ばせるヨコ関係です。
会社組織のように
タテ関係になると
飼い主とペットみたいで
感心できない部分もあるが、
タテ関係からの褒め言葉は
純粋でまじめな人を伸ばすには
大変有効的のようだ。
褒めて気づき、褒めて自信がつき、
褒めて喜ぶタテ型の幸福感は
若い人ほど欲すると思う。
人も年齢が高くなると
行き着く果てがあり、
褒められることよりも
ありのまま、感じたまま、
避けて通れないことを
運命か哲学のように
楽しみ喜べるヨコ型の
幸福感を好み欲する
ようになってくるのだと思う。
褒め言葉のタテと
ありのままのヨコの喜びで
人の幸わせでもあり、
幸せな人生にたどり着ける。
人とのタテヨコの喜び、
どちらも大事だということ。
以上、CDを聞いて感じたことです。

石の上にも

「石の上にも3年」
という言葉がありますが
私も同友会に入会して
4年以上になりますが、
不器用でもできる範囲で
関わっていると、
新潟同友会の役員には、
私のようなつまらない顔でも
覚えてもらえているのを感じる。
お陰で今年の納涼会のお誘いも
下手なりにメールや電話などで
用件もできるようになった。
というもののやっぱり
同友会の大先輩の
吉田さんや石井さんらの
参加呼びかけの力はすごい。
新入会員を増やしたり、
電話攻勢で参加者を掘り起こす
実績に人間性の厚みのようなものを
改めて感じる。
同友会燕支部も今後、
若い経営者が増えきて、
第2の吉田さん、石井さんのような
地域をつなぐ役割を手伝える
経営者が育ってくれることを
願っているし、せめてこの私が
できることでそのお手伝いが
できればいいかなて思う
今日この頃です。
今日もまた暑かったですねー。
冷たいビールでもグーと飲みたい。
ですねー。・・・ちなみに
何ヶ月ぶりに特に理由はなく
4日間酒を飲でません。
体が軽く感じるし目覚めがいいですし、
おなかのぜい肉も微妙だけど
減ってきた感じがします。
禁酒も3年できたら腹筋の形も
若いときのように表れるかも。

お客様を選ぶことも大事

ある自動車販売業の社長のブログに、
敬意と尊敬
社長の熱いメッセージをお送りいたします。
仕事でもプライベートでも敬意と尊敬のない
ところにまっとうな人間関係は育たない。
「信頼と尊敬」に値する相手とのみ取引をする。
敬意も尊敬も信頼も感じられない相手とは
商いをしてはなりません。
たとえ利益になる相手であったとしても
速やかに除外してください。
具体的には、嘘を言う人、騙す人、約束を守らない人、
値引きをしつこく言う人、言葉使いに品がない人、
目つきが悪い人、態度の悪い人、支払が遅い人、
ちょっとした事に因縁をつける最低の馬鹿野郎は、
即、除外してください。
ビジネスは金儲けだけではありません人生そのものです。
いいかげんな人と取引をすると楽しくありません。
世の中には敬意も信頼も感じられない人が
一部いることは確かなことです。
あえて相手になる必要はありません。
善良なるいい人に最高のサービスを提供するのが
当店のビジネスです。
さあ、今日も楽しくヤルゾー。

と書いてあった。
お互いの人間関係を育て
商売を楽しく続けてゆくには、
売ることだけが目的ではなく
お客様を選ぶことも大事。
それにしてもストレートな表現
する人である。
そこが共感できる。