9月, 2007
MSNで、
ストレスの原因
「バカほど働かないで高給取りだし」という見出しを開くと、
7割が会社に不満を
持っていて、その理由が
年収が少ない。
待遇が悪い。
スキルアップができない。
という順位だそうだ。
スタンスアップより
スキルアップ重視の人は
頭がお金に支配されているから
やっぱりその程度なのかと思ったり、
こうして人のせいにして生きている人が
多いんだなと思ったり、
こんな人が子供を育てたら
どんな心をもつ子供になるかと思ったり、
そんな人に手助けなんて思っても
私にはどうしようもできないのだが
暇つぶし的に思ったりもする。
スキル優先か、
スタンス優先か。
昔の日本人のリーダーは、
日本人らしい理念を
持っていたような気がする。
少なくても第二次世界大戦まえまでは。
いつしか、どこかに洗脳され
日本人らしい理念を棄て
スタンスからの幸せより、
スキルから幸せを求めるようになった。
スタンスや理念など持たなくても、
スキルから幸せがくることを
人々に信じさせることで、
スキル社会は繁栄してきた、
ただ、今、その結果が目の前にある
ように思える。・・・という今日この頃です。
ワックスや樹脂系コーティングは
撥水し水玉がレンズになり
塗装膜を焦がしウォータースポット
ができてくる。
黒い色の車で、
水玉ができる撥水ワックスを
使用しているのは
必ず白くウロコ状の
ウォータースポットだらけになっている。
①クオーツガラスコーティングはその
黒い車でもウォータースポットはできない。
②ガラスで覆うため塗装表面が
硬くなるために傷が入りにくい。
③クオーツガラスコーティングは
無機質なガラスなので変色しない。
樹脂系は油分が付着し変色する。
④ガラスだからこそ
水洗いで汚れが落ちやすく
メンテナンスサイクルも長い。
効果が5年以上持続。(メーカーは10年と言っている)
ガラスといえど
とても薄い皮膜なので
クオーツガラスコーティングの
性能や保護能力すら
最初は信じられなかったが
①〜④の特徴が
他のコーティングと大きく違う。
ただし、
施工直後から数日までの
光沢は、樹脂製や油系
のコーティングやワックスに劣る。
光沢性を陸上のランナーで
たとえれば、
短距離系が油系やワックスで
(ちょくちょく洗剤を使い水洗いしてワックスでピカピカ
になるが、そのために水を汚し油を使い環境に厳しい)
中距離系が樹脂系コーティング
(メンテナンスサイクルは半年、再施工が1年から3年)
長距離系が無機質系ガラスコーティング
(メンテナンスサイクルは本人の管理、再施工は基本的に行わなくていい)
で、最終的に何を選ぶかは
常に誰車よりピカピカで撥水するのがいいのか、
塗装と環境にやさしく、たまの水洗いで
きれいなのでいいのかどちらに価値観を持つかだ。
愛車をコーティングでただ
ピカピカさせるために水や油を多く消費する
自分本位で選ぶも時代から
環境も考えて選ぶ時代になって
来たのかもしれない。
この前、
相当素直な私は
大見栄きって
社全交への参加動員を
20名致しますと宣言をした。
しかし、
その場には私より
すごく素直な人がいまして、
どうしても15名の参加動員で譲れないし、
それ以上は絶対無理だと感情をあらわに
抵抗するすごい人がいた。
その時の
すごい人のピーンしたすごい気迫
というか殺気というのか、
とにかくすごいものを感じたところが
とても不思議だった。
目の前に起きたことに対して
このことは自分にとってどうなのか、
このことは皆にとってどうなのか、
と考えてどちらも良い方向になる
行動を選ぶ人は思考は健康だと思う。
しかし、
このことは自分にとってしか
考えられない人は間違いなく好かれない
それもすごい気迫付きなのでなおさらそこを
他人が教えたくても教えられるものではない。
こうした自分のことしか考えない人には
あーだこーだなんか言って戦わず、
すごく素直な証拠だと許すのが得策。
・・・あーあぶないなー。
皆の喜びばかり考えて行動し、
自分が不幸になることは
まずないと思いますが、
もしそれで今が不幸だとしたなら
どこか人の喜びのありかたを
勘違いしていたりして・・・
すべて私自身のことです。
すごい人は、すごい。すごーいね。
昨日、同友会の
「学びと実践」の会議を
e-doyuで参加状況を
確認すると燕支部から
一人も参加しないのを確認、
支部長としての責任を感じ、
損得の迷いをもちながら、同友会の
「学びと実践」の会議に参加する。
午後三時からだったので、
正直、もし仕事が忙しかったら
当然いけなかったので、
行けたのは暇な証拠でもある。
暇をどう生かすかと考えると
果たしてこれでよかったのかとも思ったりする。
行くと代表理事のHさんが
こうした私のうわついた思いを
見透かすようにグループ討論では、
「高井さんは支部の立場から
言っているが、あなた自身は
どう考えているんですか?」
「高井さんは同友会のどこがいいんですか?」
「それで何をしたいんですか?」
などと言う質問というか
禅問答みたいな攻めにあい、
自分が見えないのが浮き彫りになった。
私自身、同友会は大好きだったが、
支部の会員さん達が
全国的な中央の活動に対する関心を
どうしたら高めて行けるのだろうと考えると、
案も浮かばないので
なるようにしかならないと
なかばあきらめていた。
昨日も、同友会の会議で
損得考えながら、
どうして私は?
なぜここに来ているんだろう?
会社が変になるくらいだったら
支部長もついでに
同友会もやめようか
という思いもあったなか、
「同友会の良さ」を考えると
他の会ではない学びがあるからだ。
今の同友会での
学び方の良い所として、
こうすれば儲かる
こうなると儲かるという
学校や先生のように
特定な他人などから
救ってもらえるような
合理的な答えや教えなど
ないところが良く、
自らが自分を救うために
誰もが先生であり、
なんでも先生にでき、
それって何だろう?
人間尊重って?
人間らしくって?
誇りって?
人間成長って?
経営指針って?
いうように学びそして
実践するなかで、仲間同士で
情報交換したり励ましあったり
しながら共に育つ環境をこの会を通じて
次世代に継承していくという
壮大な目的があるように思える。
時々、同友会は硬くて
嫌なんだという人もいるが
その人が硬いと感じるのは
思考に柔軟性がなくなった証拠だろう。
確かにどこかの会や学校のように
先生から教えてもらった方が
分かりやすい。だが、
苦労せず答えを鵜呑みにする結果、
今の社会問題のように
その答えの裏側の
本質が分からないし、
見えなくなるし、と言う
問題が同時につく。
私の同友会の大きな魅力は、
共に育つとは何か、
共とは何か、
自分を知り、人を知り、
苦しい時こそ
高まろうとする本能に
素直に向き合ってゆくことを
会員の中や大勢で
できるというのが
同友会の魅力だと思う。
生きている限り、幸せを求め、
苦しさを乗り越えようと
誰もがと思っている。
苦しさを乗り越えたとき
人は成長している。
苦しさを乗り越える
ヒントを持った仲間がそこにいる。
そこが同友会の仲間。
今後私は同友会を通じて
何すればいいんだろうか。
4年間、私なりに整理しても、やはり、
自分だけは見えないのが分かった。
このHPのトップに
クオーツガラスコーティングを
載せたかったので、
このことを妻に頼んだら
「おめさんがやれれて」
と言われたが、
私には100Mを10秒で走れと
いわれるより無理な話。
そこで中3からパソコンに
かじりついている息子に
1000円やるからと頼んでみた。
息子はお金は要らないと
いってすぐにしかかり始めた。
目にもとまらぬ速さで
パソコンを指で操作し、
あっという間の十数分程度で
私のいったとおりの
ものをつリ終えた。
「すごいね。伊達に毎日
何時間も電気代を費やし
パソコンにかじりついていた
わけじゃなかったのが
わかったよ。」と褒めてあげた。
その得意なものは
その得意な人に
任せることで、お互いに嬉しいし、
人間関係が上手く回るが、
なんでもできるようになろうとすると
どんどん難儀苦なる。
自分が見えない人ほど
よく他人と比べ、
持ち合わせの
無い物をねだり、
不得意を無くすんだとある意味、
スーパーマンを目指すから
人生がおかしくなるんだ。
得意は伸ばせばいいし、
不得意は人に任せる。
それでいいじゃないか。
不完全だから人間で、
完全なスーパーマンなど
なれやしないのだから。
追伸
しばらくしてトップページを見ると
へんてこになってました。
犯人はやはり妻でした。あ〜あ。
中小企業家同友会と
その他の会との違いを
考えてみれば、
どこかの会のように
必ずコンパニオンを呼び
女遊びがないところで、
そこが良い所だと
いう人もあれば、また
そこがつまらない所と
いう人もいる。
考えてみれば、
お金があって、
女性にもてたいと思う人ほど
コンパニオン遊びを好む。
考えてみれば、
何事においても
〜が好きだからという
行動の原動力に
勝るものはないと思う。
考えてみれば、
その好きという〜によって
いろいろな人生があり
社会が成り立っているようだ。
考えてみれば、
私は誰かの「〜が好き」を
見ることが好きなのかもしれない。
誰かの〜が好きなんだと
感じた瞬間、その人の発色が
変わる感じがするところが。
今日も誰かの「〜が好き」に
出会えるよう、頑張ろう。
同友会三条燕合同例会に参加する。
討論テーマが会社の健康とはだった。
全てはそれは何のためからの
売り手良し、買い手良し、世間良し
につながるものでなくては
継続と発展はなくなるものと思う。
何のために生きるのか・・・
それは何のため・・・それは何のため・・・
そう、何のためにといえば
昨日、おいでなされた
代表理事さんらは
何のために参加し、
何のために懇親会に
一人も参加せず帰ったのか?
それは何のため?というより
え?なんだそれ?という思いになった。
0.2秒の返事じゃないが、
行動が予想をうわまらない
ところが私と同じに見えたし、
またそこが問題だと感じた。
0.2秒の返事で、さあ今日も頑張ろう。
同友会のフェスタに
お手伝いをしていて、
「障害者雇用のパイオニア・渡辺トク伝」
という本が目にとまる。
同友会の会員でもあり
女性経営者でもあり、
現在97歳で
本は94歳までの人生を
私だったら絶対にあきらめてしまうほどの
最初から最後までがクライマックスのような
壮絶な道のりが書かれている本です。
女性ならではの愛と
人間を深くとらえて行動をしてきた
すごい魂の持ち主だと思う。
フェスタに行って、
この本を買って予想以上に
魂を揺さぶられました。
ちなみにビデオもあるそうです。
本の中で自分は容姿が
良くなかったからと書いてあるが
私にはこの新潟にここまで
「美しい」人がいたなんてと感激しました。
ほんとすごい人(女性)です。
尊敬するMさんが
「魂って言葉をいえるのは
若い証拠。使えるのは
50歳までだよ。」
と言われたことを
思い出す。
最近聞き続けているCDから
魂のステージを上げるとか
魂を震わすとか揺さぶるとか
言う魂の使い方から
魂とはなんなんだろうと思う。
50歳からは使えなくなるという
言葉、「魂」・・・
辞書ではこころとか霊魂と
言う意味と記されている。
CDで聞く魂とは
人間性、情熱、想い、使命なのか、
言葉として使えなくなるのではなく
人生の結果から使えなくした
からなのではとかと勝手に想像してしまう。
どちらにしても命と同等で
活動するモノのようだ。
自分と向き合い考える時、
その相手がこの魂なのも知れない。
魂をどうしてきたかが
人生の結果、足跡なのだろうが、
今まで上手くいかないのは、
どれだけ魂を粗末にし続けた
自分であったかが理解できる。
午前中だけ同友会のフェスタに
お手伝いに行きます。
魂が震えるように今日も頑張ろう。
例会の事前打ち合わせに
参加する。
親子の関係に
大変感心した。
人(子供)は
母親から
人間愛を学び、
父親から
自分探しの基礎を
学ぶように思えた。
子供を見れば
親がわかるように、
すごい良い子は、やはり、
親もすごく良い人なのです。
すごく素敵な親子関係に
感動した日でした。