10月, 2007

支部長としての挨拶

同友会の学びは大好きだが
支部長の挨拶は大嫌いで
いつも支部例会での
支部長の挨拶には
毎回困っている。
笑いを目的にしてしまうと
滑るのも怖いし、
会の品位を落としかねない。
無難を目的にすると
頭には何も浮かんでこないし、
挨拶などないほうがいいくらいに
つまらないものになる。
だからといって、
雰囲気作りには
貢献しなくてはと
持ち合わせのない能力を使って
毎回頑張ってはいるが毎回反省しきりだ。
さて今回の例会の内容だが、以前
熱心な学びをしている仲間同士でも
人のレベルによっては都合よく受け取り
攻撃してくることがあることを知ったので
それ以降、例会内容や感想など
ブログで詳しく書くことをやめている。
今回の例会は
成長欲=自分を試す
変わりたい=行動
変わりたい=自分を知る
自分を知る=相手を受け入れる
相手を受け入れる=人を生かす
器=何のため=目的
自然体=本質的魅力
などといった私の想像以上に学べた。
最後に
社長は孤独だというけど・・・
社長は時にはエンターティナー・・・
という報告者からの意見に大変感心した。
それができたらいいと
頭では分かっていても
言い訳が邪魔をして
なかなかやれないから
私なんぞは変わらないのだ。
今回の報告者の智さん、
座長の霜鳥さん、
三条からは小嶋さん、
新潟東からは高橋さん、
そして参加した皆様やゲストの
お陰で楽しい例会ができました。感謝。
最後に
燕支部の自然体の学びはいいんだけれど
懇親会はいつも足が出てしまい
支部長として全然気が休まらない。
せめて会費を3,000円にしてもらえると
皆も充実した時間になれると思う。
すべては何のためにだろうが。

三流の人格

ある観光地のお土産コーナーで
30歳前後の男が、
お土産屋さんの店員(男)に
顔が当たるくらい近づき
クレーム(いちゃもん)?
をつけていた。
平謝りの店員の
どこが気にいらないのか
さらに責任者を呼べと
噛み付くのだった。
その男の奥さんだろうか、
カレー事件の容疑者似で
男と同じ年頃の女性が
その男の腕を引っ張るが、
男はそんなことお構い無しに
脅しまくっていた。
せっかく来た楽しい観光を
相手が謝っているものに
容赦なく脅していて、
損はあっても、何の
得になるはずも無いのに。
男の行動から
間違いなく一流になれない
三流の人格と確信できた。
男が怒った原因は知らないが
そこの店員さんはとても偉かったと思う。
もし、私がその店員だったらと、
・・・無論、その店員さんと
同じ対応を選んだはず。???
時々、男女を問わず
お金を払えばお客様だから
相手に何をしても、
何を言ってもかまわないとでも
思って行動する人格の低い人を見かける。
金品だけを考えるお客様より
人間関係も同時に考えられる
お客様は好かれると思うし、
場所や立場はどんなに違っていても
世の中はつながっていないようで
つながっていると思う。
だからこそ、
いつか人生を振り返った時に
稼ぎが少なかったとしても
人格は一流で生きて来たと
後者に胸を張って言いたい。
・・・できればお金もあれば・・・。
まずは、人格の一流を目指し頑張ろう。

新車と中古車

中古車を売っていると
様々なお客に合う。
お客様の購入意欲
第一歩はその車を
目当てに来店する。
次は車の状態とか価格
とか保証。
新車のメーカー保証は
軽自動車は1年と3年と4年で
乗用車は1年と3年と5年と分類訳されている。
中古車の保証は
メーカー保証の継続は可能だが
それ以降の保証は
保証をつけるかつけないかは
中古車店の販売ツールになる。
私が知る限りで、
販売店でどこまでの内容で
保証するかは知らないのですが、
保証期間は3ヶ月から1年間、
100万円前後の中古車で
保証料は、3万円から8万円ぐらい。
保証料は車両価格に比例して
多くなる所もあるようだ。
うちはメーカー保証の継続
保証はするが、基本的に
特別な保証料をつけての販売は
していない。そのことを
お客様に了承をしてもらって
販売している。また
納車前に12ヶ月点検同等の
点検をして、また器具の
作動確認をして納車する。
大手中古車販売のような
保証料とか納車費用とか
多くの諸費用をできる限り
少なくすることで、より安くし、
プライス価格と乗り出し価格の
ギャップを少なくして販売している。
保証付きでの販売はしてないが、
修理は誠意を持って必ず対応している。
万一、故障の場合は
数ヶ月もしくは半年程度の間での
故障状況を調査さしたうえ
お客さんと修理負担を
話し合いの中で決めさせていただく
スタンスを取っている。
(ほとんどの場合はうちの負担の
割合が多い。)
時々、メーカー保証期間を過ぎた
中古車に新車と同じ保証を
求めてくるお客様もいる。
うちで以前、
保証期間付きで
売っていたときは、
保証期間だけ
モラルや管理の悪いのが
故障の原因という何故か
限られたお客様だけに
多くの故障修理があったので
保証を前面に出す販売は
やめている。
あくまでも中古車という
新車ではないことの
意味を理解して頂いて
お客様に販売してた。が
ある日のこと、
6年以上経った中古車に
シートの不具合から
お宅から買った車で
怪我をしたと、
無償修理では誠意じゃない
慰謝料を払えわないと
気がすまないといわれ
賠償責任だとか
休業補償をはらえとか、
陸運局に訴えるとか、
消費者センターに訴えて
お宅の信用問題してやる、
身内に自動車屋がいる、
慰謝料はないのかとまー、
暴力団の思考の脅し好きというか、
裁判好きな趣味を持つお客様には
さすがに困ってしまった。
こんなレベルのお客もいれば
うちの販売内容を理解していただける
お客様もいまして、
修理費全額を払うつもりで修理
依頼にこられるお客もいる。
どちらのお客様が
長くお付き合いができ
そして愛せるだろうか・・・人間としても。
どちらにしても理念を通して
対応してゆかなければ
商売は継続できないと信じて
対応している。
世間では完璧と思われる
新車にだって完璧はないのに
まして中古車などは
おおらかな心がなと
気持ちよく維持はできない。
数年前まで車のスクラップまでの
平均使用期間は9.5年だった。
このことから
少々乱暴な例えをすると、
車の約10年を
人間の平均寿命にみたてて、
新車が20歳にたとえたら
5年で50歳、
10年で80歳になる。
人間の50歳の人が
20歳の人と比べたら
同じわけでないのは
それなりに年をとれば
分かるのは当然理解はできる。
「形あるものすべてはなくなる」という
常識的をまったく知らないのだろう、
それを車に対してそれは
関係ないと見る人と関わると
道理がなくなるのは当然なのだ。
どんなお客様でも、
車を見に、さわりに
いろいろな人が来て頂けるから
いろいろと楽しいし、
その中でお客様に喜んでいただける
ことをやってゆこう。
さあ今日も頑張ろう。

がむしゃらはすでに死語

空手に来ている子供達を見て、
時代の流れか、
気合ですら、普段の話し声より
大きな声をださない子供が多い。
私は中学生のころ
応援団部員だった。
それもクラスでいい加減に
決められた。
晴れた日の昼休みには
校舎の屋上で応援練習があり、
怖そうな先輩にいじめられながら?
けなげに練習していた。
高校生になり、
その学校は全校と各科ごとの
応援練習があった。
応援団にはならなかったが
中学とは桁違いに怖い
応援練習が何週間もあった。
先輩には、
よその科に応援で
負けたら殺すぞと脅され、
毎日声がつぶれるほど
大声を出さされた。
高一の時はすごく辛かったし、
後輩にはしたくないと思った。
私はしなかったが、
半分以上が同じように
後輩を指導していた。
体育祭での、棒倒しや
騎馬戦は素手で殴り合い、蹴り合い、
取っ組み合うという喧嘩そのものだった。
歯を折る者、腕の骨が折れる者、
毎年救急車が来る体育祭だった。
また、よその科の上級生に勝つたりすると、
放課後、体育館の裏で上級生から集団で
やられたりする者もいた。
このようにひどかった分、
今でもねたになるような良い思い出だ。
今、それをしていたら
きっと騒ぎになってしまう。
ある意味
がむしゃらで
危ない学校時代を
すごした我々と比べたら
安全第一の中での
今の子供達は、
数年後の話のねたもならない
学校生活のお陰からか
数年後社会にでて
ねたにならない事件を
起こす者が多い。
成長するのが目的より
行動の正しさを重要視する時代。
いつから、何を見て、
人の間違いを許せないことが何かと
正しい事であるかのようになってきている。
普段の話し声並みの
気合しか出せない子供から、
損得と正しさの決め付けが、
成長を妨げているよう思える。
今の時代も子供にとって
がむしゃらとはすでに死語かも。

賢者は、愚者は、

「賢者は歴史から学び、愚者は体験から学ぶ」
 という格言があります。
 自分一人の体験から学ぶ事には限界があります。
 賢い人は、歴史、つまりより多くの成功事例から効率的に学んでいます。
 自分自身で試行錯誤して体験するより、既に成功した成功者のパターン
 を学べたなら・・・ これ以上の自己投資は他にはありません。

というのを読んで。
確かに、これを感じる人は
いろんな所に学びに出かけて行きます。
歴史から学ぶのもいいと思いますが、
体験から学ぶこともいいと思います。
私の場合、
成功も失敗も
大したのはないですが、
成功より失敗の方が得るものが
はるかに多くいし、
振り返れば良い思い出です。
「賢者は多くの人から学び、
過去の体験生かし、今後、
それをどう生かすかを選ぶ。
ただ、人との比べ癖から
愚者に向かわせてしまう」
のだと思う。
私が何故、愚者の思考が
よーく分かるかと言うと
まだ愚者だから。(笑)