11月, 2007
15日と16日と
第23回社員教育活動全国研修・
交流会IN新潟に参加しました。
北は北海道から南は鹿児島までの
情熱のある経営者と交流できました。
田舎の小さな会社の
経営者?の私が
想像もできない話を
沢山聞くことができ、
意見を言って恥をかき、
いつもながら同友会の
すばらしさを感じてきました。
グループ発表者の一つの話が
面白かったです。
ダーウィンの名言だそうですが
「最も強い者が生き残るのではなく、
最も賢い者が生き延びるのでもない。
生き残るのは変化出来る者だ。」
・・・
なるほど
会社も人も同じだと思いました。
生き物がこの世で
生き残る鍵というのは
どういう会社や
人間が変化できるのか
ということになるようです。
逆説的に考えると
変化しない、
変化できない人で
不幸になっている
しまっている人から
学べるかも知れません。
新潟の古町で初めてあった
ある大きな会社の経営者なのですが
私と同じシンプルな考えで?
同じような考え方をされていることに
なんで?という想定外な驚きを覚えました。
同じ人間同士、
自分の考え方の変化が
変化する第一歩なのは
間違いないようです。
・・・それは何の為に?
良くなるため?幸せになるため?
の考え方、行動を探す・・・
だから経営は楽しい。
すでに同友会病なのかも。
何かの会などで
講演を聴くことがあります。
一方的がほとんどなので
楽に聞けますし、もちろん
みんな為になるものばかりです。
私が所属している
中小企業家同友会は
誰かの報告を聞くだけではなくて
討論テーマを通して
数人のグループ討論をします。
そこそこ聞く力を
持つ人なら他人の
話を聞くのは
まだ楽なのですが
自分の話になると
大変恥ずかしいし、
おまけに緊張もするものです。
(中には水を得た
魚のような人もいるでしょうが)
私自身、生活が
人との関わりが
希薄になっている
社会環境を感じる中で、
仕事以外で
他人と意見交換するような
話しなどほとんどない。
まして悩みとなるとなおさらだ。
ある人の本で
「話す」ことを
「放す」でもあり
「離す」でもあると
書いてありました。
悩んでいる時こそ
恥ずかしいとか
めんどくさいとか言って
内にためるだけでは
よい変化は難しいと思う。
少々理解困難な話
かもしれませんが、
「悩みを話せて、悩みを放し、
悩みから離れられる」???
と言うような同友会の
テーブル討論こそ
他にない魅力だと思います。
*注
テーブル討論の
発言に悩みにこだわる
必要はないです。
誤解のないように。
この前、
「こう見えて
まじめじゃないんです」
という若い人とあいました。
誰しも高い理想になろうとすると
縛られ苦痛になるものです。
まして若ければなおさらです。
若い彼が
世間で思うほど
まじめでないことを
受け入れている事に
すごい人だと思いました。
歴史上の英雄ほど
まじめとは程遠い
行動をしてきた人も
多くおります。
(見たわけじゃないですが)
今の良い子の
教育のように
これしちゃいかん、
あれしちゃいかん、
では視野の広がりが
ない気がします。
私はこう見えて〜
と予測を上回るものか
下回るものか
思い込んでいるのは
自分だけで、案外、
他人からはそのままの姿が
観えているものかもしれません。
私は世間からは
まじめそうらねとか
優しそうな人らねとか
言われてますが???
世間で言われている
予測を上回るよう
さあ頑張ろう。
福山まさはるがDJをする
ラジオ番組でリスナーから
「正直者は馬鹿を見る世の中」と
投げかけてきたのを聞いていた。
DJが何を言ったか忘れましたが
感心する答えをしてました。
正直といいましても
健康的な考え方からの正直と
不健康な考え方の正直と
いろいろとあるものだと思いました。
正直者の例として
嫌いという思いから
相手を攻撃したり
やる気を無くすような
ことを言うような
未熟な正直者もおります。
また
好きでもない人に
喜んでもらう言葉を
発しようとしても
「心にもないことはいえない」
というちょっと大人の?
正直者もおります。
最終的に
自分の理想である
あるべき姿という
目的に対して、
常に自分が正直に
向き合っているかという
正直さが健康的な
正直者と思うのです。
健康的な人は
皆、正直者です。
幸せになるため、
正直に生きるのは
目的に対する考え方と
ちょっとした勇気のようです。
さあ頑張ろう。
自分達の利益しか考えてないと
人間的な情というところで
私のブログに矛盾を感じる
と批判されました。確かにそうです。
私も自分の利益は考えますが、
大企業の保険会社みたいに
駄々っ子のような理由のなき
対応はお客様にはやりません。
保険会社は最終的には
金融庁から管理をされるそうです。
私が見たわけではありませんが。
自動車事故での自賠責保険は
お国が支払っていて、怪我などの
保険支払いはその自賠責で
収まるケースが多くのだそうです。
人身に対する支払いは
お国の後ろ盾があるので
保険会社にとっての支払いの
リスクのほとんどは物損なのです。
しかし、その中で
細かい内容をうたい
保険料を算出して確実な
利益を生み出しているという
とても賢い業界です。
中小企業と決定的に違うのは
銀行と同じく保険会社は
絶対に国がつぶさないと
法律でもうたっている守れている
夢のような業界でもあります。
「守られている」ところから
守られていない企業の多い
中小企業家同友会で勉強会で
「あなたの会社は地域での
存在価値はありますか?」
などのような問いかけがよくされる。
特に我が社のように
明日の仕事の予定も
保証はなく毎日何とかしようと、
まあなんとかなるさとこれまで20年以上
その環境下で生きていますと、
あらためて自社の存在価値などを
考えるといえない言葉がこみ上げるので
考えたくもないものです。
国の法律からでも現実に
守られていない会社と
守られている会社があるわけで、
乱暴な言い方ですが
お国はなきゃ困る会社と
なくてもいい会社を
差別するみたいなもので、
それが人柄や社風に
映し出される時が
保険会社から感じるのです。
一つの例えで
保険会社の電話ですが、
受付時間というのは
9時から17時です。
1分でもくるいません。
しかし、これが保険会社から
こちらに電話をかけてくる
時間となると受付時間に
関係ないのです。
8時から20時ぐらいまでは
かかってきます。それも
電話番号非通知で。
守られている会社というのは
企業関係やら人間関係など
上下関係がつよい
このような基本姿勢を感じます。
企業も人間も守られた世界に
いると相手の様子も
自分の姿も見えなくなる
のかもしれません。
守られてないのに
ずーっと自分が見えない
という私みたいのもおります。
こうして愚痴を言っても
何一つかわりません。
守られてなくても
存在価値ある会社を目指し
今日も頑張ろう。
トルコのGNPは日本の1/6だそうです。
ガソリン価格は290円/L
EUの平均は210円/L
ちなみにエジプトは40円/L
とのことです。
板金修理の対応単価は
安い所でも8000円以上
普通は14000円高い所は
20000円だそうです。
残業はほとんど無しで
時間内でどれだけできるかを
重視し、年間休日も
5週間以上のバカンス
長期休暇はふつうだそうです。
コンプライアンスとか資格とかが
整っていることを前提にした
イタリヤやトルコなどEU全般は
日本の板金屋さんとは違って
日本のお医者さんなみの
経営環境なんだそうです。
それからEUの自動車保険は
人のしがらみを重きに置かない
のがEUの文化なのか
現在はほとんどネットの保険に
なったんだそうです。
ちなみに日本は
たった4パーセントしか
変わってないそうです。
EUは日本と違って
働く人の環境を高めて
良くすることを最優先し
ているようです。
日本は安さを正しいという
消費者ニーズから
労働単価を下げ
労働環境を酷使し、
労働単価まで薄利多売
を行わなければ生きていけないような
切羽詰った中での労働者環境を
続けている企業が多い。
そんな環境など誰一人
願ってもいないはずなのに・・・
難しい話になりました。
安さを追い求めて
安い労働者を海外から雇う時代、
近未来、これまでのような
そこそこの給料がもらえる
日本人の働く場は
なくなるかもしれません。
業界も世の中も
消費者ニーズも大切ですが
労働者が良くなる為の環境を
追い求めていくことが
本当の目的のような気がしました。
資材を仕入れている問屋さんの紹介で
ニッセイ同和がとりもつ整備屋さんの会で
コーティングの視察研修に同行させて頂いた。
とてもよい取り組みをしているのを感じ、
私もこの勉強会に入りたくなった。
そのためにはニッセイ同和の
取り扱い代理店にならなければ
この勉強会に参加できない。
そこで2社乗り合いという申し込みの
手続きをニッセイ同和の人に相談をした。
そのときの話・・・
「あなたも知っているように
保険会社ってのはきったないところで、
最悪、切る条件をだしますからね」
というのだった。
とりあえず乗り合いの申請書を
日本興亜に出すと日本興亜の営業マンが
すっ飛んできた。
そのときの話・・・
「絶対認められません、強行しかありません
そうなったら引き上げます。」と言う。
どうしてダメなのかねと私が訪ねると
「他所もみんなそうなんです。
だだっ子とおもってかまいません。」
さらに
「うちに対して不満があったら
私に言ってください。対応しますから」
と懸命に言う。
彼から会社に対するすばらしい
忠誠心が伺え感心した。
結局は、
乗り合いを拒む保険会社は
自分たちの利益のことしか
考えてないのだ。
こうした不満を私が彼に言うと
「そんなことはありません
お客様のことを考えてます」
と真顔でいうのだった。
もはや刷り込まれた立派な
保険会社の社員を感じ、
これ以上話し合う気を無くした。
保険会社の体質とは
確かにきたないもので、
人間的な情などないのです。
情・・・昔は少しは
あった気がしたけどね。
集客にはどこの保険会社も
いいことばかりうたっていて、
集客の手段はすごく優れてます。
お金にはすごく貪欲です。
1円も値引きのない世界です。
それはもうすばらしいものです。
しかし、保険会社は
支払いになると大分違ってきます。
保険による板金修理をしていて、
保険会社の印象はそれぞれ
違いを感じます。
我々修理業者は
アジャスターという調査人と
話し合って修理金額を決めています。
お客様が皆同じレベルで
車を維持管理していれば
簡単に修理費も定められますが
個人差というのと個体差というのと
感情が絡んでまいりますから
一律的な完成レベルでは
納得できないお客様も多く
納得していただく状態とは
こだわればこだわっている
お客様ほど修理内容は
複雑化していきます。
いろんなお客様に応じた
いろんな内容を加味して
アジャスターと話し合いをして
協定していますと
各保険会社のアジャスターにも
話の理解度レベルに
かなりの差がありまして、
人間的に尊敬できる人もいれば
全く逆の人もいます。
全く逆の人はどんなことを
するかと言うと、
日本で一番シェアを持つ
損害保険会社のTという調査人です。
6、7年も前のこと
確か車両保険でした。
お客様は愛車をぶつけて
がっかりしていると
私は思いました。
せっかく車両保険で直すのだから
できるだけ元の状態にして
あげようとまずはそれに対しての
修理見積もりをしました。
部品をはずし、修正をしてと
修理の範囲を拾いました。
その見積もりをTに渡すと
「うちが支払う保険だ、
修理範囲や修理見積もりは
俺にあわせなければ
修理見積もりは認めない」と
言い切ってきた。そんな
私には強行なTも
代理店主から修理範囲をもっと
広げろというどう見ても理不尽な指示を
事故に関係ない場所でも
あっさりと認めるのだった。
当時若かった私は、
その理不尽な理由を
Tになんども熱く問う。
しかし、こんなこと主張するのは
お前ばかりと相手にされなかった。
そればかりか元請に悪者だと
宣伝までしてくれた。
そのお陰もあってある元請からは
仕事がなくなりました。
Tの逆営業には私も頭にきて
Tの上司にFAXと電話で抗議した。
しかしTは、「お前のお陰で
出世ができなくなったんだ」と
逆切れ状態で捨て台詞を言う人だった。
それから7年、
2週間前に
彼はまだうちの逆営業を
続けているという話が耳に入る。
日本で一番シェアを持つ
損害保険会社は、
もはやTは調査人ではなく
気の病んだキチガイ人を
何年も野放しに雇う
体質があるといえる。
大きな会社が
小さな会社を脅かし
どんな徳があるのだろう。
保険会社もアジャスターも
保険加入者のお客様を
どんなふうに考えて
いるのだろうか・・・
まして我々修理業者など
いじめるだけいじめるのは当然か。
裁判する以外には、真実をブログに
書く程度しか抵抗できないという
ぼやきみたいなものだ。
最終的には人間関係なのだ。
お互いの見解を理解する
器があるかないかだろう。
保険会社の体質は
昔と変わってないが、
最近はお互いを理解し合える
アジャスターも増えてきている。
単に私が年をとったせいかもしれない。
今でも趣味で
空手をしています。
目的はもちろん健康増進。
流派は松涛館で、
10年前から子供と
はじめたのがきっかけです。
世界で格闘技人口は
柔道をしている人は、1000万人
空手は1億人を超えていると
聞いたことがあります。
(一桁間違っているかも?)
それほど空手をしている人が
多くいるわけですが、
何故かオリンピック競技になれない。
30年前私が高校生で
バスケットで明け暮れたころ、
通学途中の汽車の中で読んだ
梶原一騎の「空手馬鹿一代」の
大山マスタツに憧れて、
東京の池袋の道場に入門しようと
行ったことがあった。
屈強な体をした人がでてきて
説明している途中で
「ぐえー」という男の
うめき声が2皆から聞こえ
ここはまともじゃないと感じて
帰ってきたことがありました。
若く血気盛んなころは
何のための強さなのかなど
今思えばまったく浅いもので、
より強い者に勝つという
物体的の強さだけに
すごく憧れたものです。
だから空手の本当の強さは
フルコンタクト系だけと
思っていまして、寸止めなど
攻撃の効果がないぶん
嘘っぽくて理解できませんでした。
私のようになまけながらでも
10年空手を続けてますと
肉体には強さはそれなりに
魅力もありますが、
年齢に比例した効率のいい
やはり健康に結びつく
体技に関心が行くように
なって来ました。
先日、型を憶えようと
「金城裕の甦る伝統空手」
というのを買った。
あんぽんたんな私は
流派が違っているのに
見てから気が付いた。
がっかりしながらも
せっかく買ったので見ると
良い買い物でした。
さすが現代の空手のルーツ。
理にかなっているし、
地味だけど本物を感じた。
動きを早く大きくして
下半身や筋力を高める
手段の空手の型だが、
私ぐらいの年齢になると
動きの派手目な松涛館の
型は関節に厳しく、
怪我をしかねなくなってきた。
目的が健康増進なのに
無茶して怪我をしてたら
何のためにやっている
のかである。
空手の型もゆっくりやれば
太極拳同様健康増進に適している。
通常使わない筋肉を使っての
騎馬立ち、前屈立ち、後屈立ちなどの
基本立ちが骨盤付近の
血行を良くする効果がある。
事実、空手をはじめてから
慢性的な腰痛が良くなりました。
最近は自分の体の健康から
型が特に好きになりつつありますが、
残念なことはせっかく型を憶えても
すぐ忘れてしまいます。
継続は力なり、心身ともに
健康を保つということは
生きてゆく為の最大の強み
だと感じる今日この頃です。
最近、テレビや新聞で
事件や不正や倫理問題など
何が悪い、こいつが悪い、
だからどうだこうだと毎日
同じように誰かを攻撃している
報道を見聞いてるせいなのか、
昨夜、夢で、
上のような討論をしてたようで、
いつもは見る夢は
すべて忘れるタイプなのですが、
夢の内容はよく覚ええませんが
十数名がいる会議のような中で
「結局、都合ばっか、だから嫌なんだ。」
(もっと品がなかったかも・・・)
と叫んでしまった私がいまして・・・
これは随分まずいなーと、
夢でもそんなこと言っちゃいかんと
夢の中の自分を諭す自分がいる
というまた面白い?
夢を見てしまいました。
人間だけが事にたいして
何のためにと考えられる。
・・・考えようとさえすれば、
そう考えると
報道の情報など
ほとんどが都合のいい、
足の引っ張り合いに感じ、
本当に向かうべき方向や
健康的な人間とは、
ほど遠いものを感じてしまう。
何事も
良く受け取ることも
悪く受け取ることも
感じる人しだいによって、
いかようにもなります。
報道も良くとらえてみないと
私みたいに夢にまで出てくる・・・
という夢のような話。
今日も
良く受け入れ、頑張ろう。